都市の四季・冬 星霜都市編
199X年、クリスマス

『四』に関わるはなし

『僕のクリスマス』

 濁った空が僕を見下ろしている。
 冬のKO−BEを、凍てついた空気が斬り刻む。
 その切っ先は容赦なく、無差別に街を襲う。
 僕と弟が住む古い家も、例外なく刃が向けられる。
 父の葬儀を終え、早数週間。人のいない家の中は、例年以上に冷たく感じる。
 茶の間で二人きりの夕食を終えた僕は、食卓を挟んで向かいに座る弟に声をかける。
「僕はクリスマスのケーキを取りに行ってくるよ」
 今日はクリスマスだ。僕の家系は代々神道だが、弟が喜ぶのならなんだって構わない。
 弟はすかさず、
「ついてく!」
 と叫ぶ。
 母に続き父までも失ってしまったため、このところ塞ぎがちだったが、なんとか元気を取り戻してくれたようだ。
 僕は弟を連れて行きたかったが、この寒い日に外へ連れ出すのは忍びない。
 それに、僕と二人で過ごすよりもいい場所がある。
「お前は大神さんの家で待っているように」
 近所に住む大神家には葬儀のときも世話になった。
 あまり迷惑を掛けたくはないが、今日ばかりはやむを得ない。
 事前に話はつけてある。
 何ならケーキも用意する、と申し出てくれたのだが、無理を言って僕が買うことにした。
 僕に出来ることは限られているから。
「えー、いっしょがいいー」
 弟は拗ねるように言う。
 ときどき思う。僕と一緒に居て何が楽しいんだろう。
 子供なりに、僕のことを気遣っているのかもしれない。
 だとしたら僕は駄目な兄だ。
「大人しく待ってるんだ。ほら、指切り」
 食卓を乗り越えて、弟に手を伸ばす。
「うー」
 納得いかない風に弟は唸っているが、大人しく応じた。
 指切り、げんまん。
 ケーキを取りに行った帰りにプレゼントも買わなければならないから、絶対に連れて行くことはできない。
 もっと早めに用意しておけばよかった。
 僕は後悔した。
「――さんは?」
 不意に、弟が一人の女性の名を呟いた。
 それは、かつて僕の傍にいた人の名だ。
 幼馴染で、いつも一緒だった人の――。
「……彼女は、忙しい人だから」
 僕は自分の顔が引き攣っているのがわかった。弟は何も言わず、ただ頷いた。
「ほら、家まで送るから、外行きの用意して」
 食卓の上の皿を片付けるため、立ち上がる。
 そのとき、猛烈な立ち眩みが僕を襲う。
 深呼吸で立ち直るが、頭に霧がかかったような感覚が拭えない。
 ここ数週間、消えることのない感覚だ。
 かかりつけの医師に相談したところ、彼は眉を顰めた。どうやら精神的な負担が原因であるらしい。
 詳しい話を聞いたはずが、うまく思い出せない。奇妙な焦燥感だけが胸にある。
 だが、そんなことは言っていられない。
 見れば、弟が自分の皿をまとめ、僕に手渡そうとしている。
 僕は皿を受け取り、弟の頭を撫でる。
 弟は笑い、そのまま転がるように自分の部屋へ走っていく。
 その背中を見送った僕は、自分に言い聞かせるように呟いた。
「僕は、あいつを守っていかなくちゃならないんだ。誰かに『代わり』を任せることはできない」






『私のクリスマス』

 澱んだ空が私を見下ろしている。
 空を被う天蓋は、私を閉じ込める鳥籠だ。
 もっとも私に翼はないが。
 そんな益体もないことを考えながら、私はKO−BEの街を歩く。
 学生服に吹き付ける寒風は、隙間を通り抜けて私の身体を突き刺してくる。
 今宵は聖夜。
 私が歩く街は、鈍い暖かな光で着飾っている。
 周囲を行く人々は皆誰かに寄り添い、足を止めることなく通り過ぎる。
 彼らは凍えなど素知らぬ顔で、私を追い抜いていく。
「私は一人、か」
 自分の隣を見て、私は呟く。
 そこに人影はもはやなく。ただただ暗闇が広がっている。
 かつて隣にあった人は、今はもういない。
 あの指先も、あの黒髪も、あの笑顔も。
 もう二度と、私が触れることはない。
 不満はない。
 自分の意志で、一人であることを選んだのだから。
 数週間前、私は彼女を拒絶した。
 何故そうしたのか。
 それは、
「大切な人を、斬り捨ててしまったからな」
 私は両手に力を篭める。指先が手の平に食い込む。
「いや、殺してしまったのだったな」
 吐き出す息が白い。頭の中も白んでいく。
「いつ裁きが訪れるのだろう」
 痛覚が両手から脳に這い上がる。
「早くしてくれないと」
 霧が思考を停止させる。
「狂ってしまう」
 霧が消えない。
「血……」
 手が。
 赤く染まっている。
 それは血液だ。
 鈍い暖かな痛みが、私の手の平で踊っている。
 一瞬、霧が薄くなる。
 過去に見た映像が現実をトレースする。
 既視感だ。
 私の両手が赤く染まっている。
「もはや『謝る』こともできないのか、私は」






『我のクリスマス』

 湿った空が我を見下ろしている。
 人工の光と僅かな月明かりが街を照らすKO−BEで、二振りの剣が舞い踊る。
 長剣と大剣が互いの身を引き裂かんと軌跡を生む。
 月光を刃先に乗せ、冷気を断ち切る。
 我は今、人気のない暗がりで長剣を靡かせている。
 我と舞うは一人の風水師。
 まだ声変わりもしていない少年だ。
「我に刃を向ける者がいるとは、驚きだな」
 人を殺めたことのある我に立ち向かう。そのことの意味を、少年は知らない。
「何をブツブツと、……気色悪ィ!」
「貴様が噂の辻風水師か」
 近頃この街を騒がす、都市伝説の一つだ。
 夜、武器を持って街を歩いていると、突然大剣で斬りかかられる。
 その風水師は倒した相手を風水治療した後、新たな好敵手を求めどこかへと立ち去る。
「そうや! 怪我はちゃんと治したる! せやから避けんなッ!」
 少年の体格は年齢相応だ。
 故に大剣を扱うには膂力が足りない。
 しかし眼前で夜気を断ち切り流れていく大剣は、疑いようもなく存在している。
 見れば、少年は攻撃を繰り出す際に大剣を蹴り上げて初速を稼いでいる。
 その分隙は大きくなるが、攻撃を繰り出す前に必ず牽制を入れていくるため大事には至っていない。
 我が回避に徹していることもあったが。
 それから暫く分析を続けるが、未だに少年の流派が判明しない。
 これまでに我が相対・見聞した流派のどれにも属していない。
 基本的な動作はわずかに見覚えがあるものの、諸処で未知の挙動が飛び出してくる。
 おそらく少年が今日までの実戦で編み出した“個性”だと推測。
 戦闘に対して貪欲な少年であると判断する。
 もしも。
 もしも将来この少年が、我と肩を並べるほどに成長したとすれば。
 我を停めることのできる存在として――。
「――へっ、デキるな兄ちゃん! こないだオレが惜しぃぃぃぃぃぃぃぃっ、くも敗れたオカマ野郎並みや! 褒めたるで!」
 少年の声で我に返る。
 相対者を見た。
 少年を。
 風水師を。
 風水師は、少年はただ己の技量を高めるために、剣を振るう。
 相手が誰であろうと関わりなく。たとえそれが人殺しであろうとも。
 純真だ。
 汚れを知らない少年だ。
 我は、そんな少年の斬撃を迎え撃つことはない。
 我と少年は、生きる道、向かう先が異なるのだ。
 決して交わることのない人間関係。
 この少年がどこの誰で、なんのために力を求めているのか。そんなことはどうでもいい。
 関係がないのだから。
 現在我と競いあっているのも、ただの偶然。
 八百万回繰り返して、初めて遭遇する。その程度の事象に過ぎない。
 ならば、本来我と関わりのない人間だ。そんな人間と相対することは、無駄でしかない。
「回避、拒絶、無視。それが我が流儀」
 届かない。
 少年の剣先は届かない。
 技能を使うまでもなく。
「んなろッ! ひらひらと……」
 猛る少年の刃が、不意に止まった。
 我は少年と同じ動きで、同じ方向を見た。これも偶然だ。
「む」
 気配がある。
 それも戦闘者の。
「ちっ、もう来やがったか、邪魔しぃのメガネババァが! 三日連続で飽きもせんと……!
 ――おい兄ちゃん、この勝負、預けたで!」
 少年が一方的にまくし立て、その場から走り去った。
 もはや二度と会うことはないだろう。
 再戦の約束など、意味はない。
 この場所に留まり続ける意味も、少年と共に消え失せた。
「ならば我も去るとするか」
 踵を返し、歩き始める。
 少年が去った方向とは反対側へ。
「回避、拒絶、無視」
 それが、
「我が『血統』の定め」






『俺のクリスマス』

 沈んだ空が俺を見下ろしている。
 俺は四方を枯れ木に囲われた広場の中央に立ち、細く伸びた三日月を望む。
 時折吹く風が、俺の体温を奪っていく。
 失ったものを取り戻す術を、俺は知らない。
 やがて俺は、全てを喪失するのだろう。
 それでいい。
 俺に相応しい末路だ。
「探したよ。元気してた?」
 前方から、女の声が聞こえる。
 俺は無視して月を眺める。
「はぁ……クリスマスに幼馴染の女の子を無視するやつがいる?」
 呆れを含んだ声色だ。
「俺はお前など知らん」
 知っているのは、俺の周りから人がいなくなるということだけだ。
「確かに“今の”君にとって私は幼馴染じゃないんだろうけどね」
 女は頼んでもいないのに勝手に喋っている。
「ならさっさと消えろ。目障りだ」
 長剣に手をかけ、殺意をちらつかせる。
 だが、女は立ち去ろうとしない。
「そうもいかないんだよ。君の弟クンから連絡があってね。どこまでケーキ取りに行ってるんだか」
 女はワケノワカラナイことを言う。
「俺に弟などいない」
 俺は一人だ。
「はいはい、そうね、そうね」
 女が子供をあやすように繰り返す。怒りが首をもたげる。
 最後の警告だ。
「もう一度言う。俺の前から――」
「黙りなさい臆病者が。名で縛って式神に堕とすわよ」
 その一言で、周囲の凍気が霧散した。
 今や俺の頬を打つ風は、女から飛んでくる。
 場を、支配下に置いたのだ。この女は。
 黒の長髪を地に向けて流した女は、挑戦的な視線を眼鏡越しに送ってくる。
 右手に身の丈以上の槌を持ち、戦闘用に改造を施した学生服を風に揺らす。
「やっとこっちを見たわね」
 低い、押し殺した声が女から絞り出される。
「人殺しが怖くないのか? 俺は数週間前に――」
 女の瞳は、真っ直ぐに俺を捉えて動かない。
「またその話? 稽古中に手元が狂って父親を殺めてしまった――、と。
 何度も検分重ねて、不慮の事故だと判断されたでしょうに」
 心臓が鼓動を早める。
 事故。故意ではない殺人。
「その判断に何の意味がある?
 なら俺の手に飛び散った血はなんだ?
 何度も何度も洗っても落ちない血の意味は!」
「それを考えるのが“君たち”の仕事でしょうが!」
 一瞬の空白。
 その間に、俺の鼓動は勢いを増していく。
 俺は一人だ。






『皆のクリスマス』

 一人のはずだ。
 違うというのか。
 思い出せ思い出せ。
 僕はたった一人の男。
 私はたった一人の罪人。
 我はたった一人の殺人者。
 俺はたった一人の父親殺し。
 ああ、それが僕/私/我/俺。
 僕/私/我/俺は歪な顔で笑う。
 すると、目の前の女が槌を担いだ。
「あー、もう駄目。止まんないわコレ。
 “四人”ともまとめて相手してあげる。
 ハーレムね、ハーレム。元は一人だけど」
 言うなり、質量を持った瘴気が僕/私/我/俺の鼻先を掠めた。
 僕/私/我/俺は身を逸らすことで回避。
 戸惑いを隠せず、技能を使うことすらままならない。
 しかし女はお構いなしに槌を打ち付けにくる。技能は使っていない。
 にもかかわらず、今の僕/私/我/俺には攻撃を避けることで必死だ。
 僕/私/我/俺は無意識のうちに長剣を抜き放っていた。
 このままでは、女を傷つけてしまう。
 そんな場違いな思考が脳裏を掠める。
 だが、それは無意味なことだった。
「な……!」
 瘴気が眼前を通り抜けると同時、長剣の切先が消失していた。
「ばーか、そんなひょろい剣で対抗できると思ってた? がっかりね」
「くっ!」
 剣を投げ捨て、女の懐へ突進。
「懐に飛び込めば勝てるとでも?」
 突進の勢いを乗せて放った拳は、
「あまり嘗めないで欲しいわね。擽ったいから」
 真正面から受け止められている。
 拳を包み込む彼女の指先は、熱を持っている。
 心地よい熱だ。
 勝つために、進んだのではない。
 それはおそらく――。
「ちょっと這い蹲って頭冷やしてなさい」
「――っ」
 彼女が手首を捻ると、天地が入れ替わる。
 その途中、彼女の手が離れていく。
 熱が遠のく。
 そして僕/私/我/俺は大地に横たわり、黒い空を見上げていた。
 白い吐息が、天に向かって立ち昇る。
 僕/私/我/俺の思考はぐちゃぐちゃで。
 取り留めのないことばかり浮かんでは消えていく。
 冷たい地面に置いた頭が、熱を失う。
 だが、喪失感はない。
 回帰している。
 元の自分へ。
「頭冷えた?」
 彼女が中腰になり、胸の前で腕を組んだ姿勢でこちらの顔を覗き込んでくる。
 頭は冷えた。だが、そこから先へ進めない。
「どうすればいい……。もう何もないんだ」
 彼女はこちらとの距離を一定に保ち、決して一線を超えようとはしない。
「それは自分で自分の在り方を探そうとしないからよ。もっと考えてからモノを言いなさい」
「自分の、在り方……」
 漠然としていて、何も思い付かない。
「たとえば……そうね、可愛い女の子の盾になる、とか」
 盾。
 それは誰かを庇って護ることのできる人間だ。
 違う。
 その在り方は違う。
 そう在るべき人は、他にいる。
「何か言いなさいよ」
「……ならば自分は」
 四つの思考が同調する。
「“自分たち”は」
 望む意志は、ただ一つ。
「君の剣になる」
 在るべき姿。人を殺める力を持つ者が、望むべき一つの形。
「私の剣になって、どうしたいの?」
「……世界を」
 彼女のような人間の生きる世界を。
「世界を、もっと安らかに。剣の要らない、穏やかな世界にしたい」
 自分のような人間が生まれない世界に。
「……壮絶な覚悟ね。君の存在を否定する世界なのよ、それは」
「構わない」
「どうして?」
 彼女の優しい声が、降り注ぐ。
「世界が剣を捨て去っても、君は剣を覚えていてくれるから」
 今日がその証明だ。
「その自信はどこから湧いてくるんだか……」
 顔を逸らして言う彼女は、
「頬が赤い」
「お黙り野暮だから」
 彼女の暖かな手がこちらの目を覆った。視界が暗闇に変わる。
 だが、恐れはまったくない。
 深い安心感が、心を埋めていく。
「はぁ。これで全部解決したわけじゃないってのが、困りものね」
 目を覆った手をそのままに、彼女が呻いた。
 その言葉通り、思考は未だばらばらだ。
 たった一つの意志が、それぞれを結びつけているに過ぎない。
「人は急に変われない」
「突然豹変した人間がなにを言うか。
 ま、元々公私を使い分けるところはあったけどね、君は。
 でもね、分け過ぎなのよ。君の場合は。もっとファジーでいいの」
 彼女の手に力が篭もる。痛くはない。
「努力はする。けど、当分は難しい。人格の統合は」
 彼女の剣となる。
 そのために、四つに分かれた自身を一つにする必要がある。
「今は自覚しただけで十分。そこから先は、私の方でも色々手を打つから。
 ――四人がバラバラに私の傍にいる時間分け合うより、もっと大きな一人として独占した方がお得でしょ?」
「お得って……」
 それは随分な言い草だったが、とてもシンプルで分かりやすい理論だ。
「私も四回はしんどいかな。やったことないからわかんないけど」
「…………」
 ときどき彼女の品性を疑うことがある。
「冗談だって」
 彼女の手が急激に汗ばんできた。真偽を測りかねる。
 しかし、今の発言は“そう”捉えていいのだろうか。
 曖昧が好きな彼女は、それ以上明言しようとしない。
 これは、こちらから“そう”言うべきなのだろうか。
「雪が降ってきたわね。……いつまで寝てるのよ」
「今凄く理不尽なことを言われた気がする」
 彼女の手が、ゆっくりと離れる。
 嫌だ、と思った。
 次の瞬間には、身体を起こして手を伸ばしていた。
 彼女の手はもう離れない。否、離さない。
「冷たいわね」
「冷たいな」
 言って、“皆”で空を見上げる。
 白く、小さな雪の欠片が、空から音もなく零れ落ちてくる。
 空は暗く、雲間から少しだけ星の光が覗く。無限の光が暗い心を貫き解き放つ。
 やがて時間が流れ、繋いだ手に熱が生まれる。
「暖かいわね」
「暖かいな」
 どちらからともなく手に力を篭める。
 そして彼女は言った。
「今夜、暇? そう、暇ね。わかった」
「予約したケーキを受け取ったあと、プレゼントを買って帰らなければならない」
 弟を待たせている。悪いことをした。
「もう私が代わりに届けてあるから気にしない。
 ま、そういうわけだから野犬狩りに付き合いなさい。剣としての仕事その一。
 それが終わったら、ゴハン奢ってあげるから。もちろんプレゼント選びも手伝ってあげる。
 ……というか、普通当日にプレゼント選ぶ? 段取り悪くない?」
 何も言い返せない。
 出来るのは、問いで返すことだけだ。
「そういう君は、妹へのプレゼントはもう選んだのか?」
 彼女の妹。弟と同年代で、この都市を思わせる名を持つ子供。
「渡したらほっぺにちゅーされたわ」
 誇らしげに答える彼女はとても眩しかった。
 弟に何もしてやれない自分を省みて、目を逸らしそうになる。
「で、どうするのよ? ……わ、私と付き合う?」
 今までの強気な様子の彼女はどこかへ消え、神妙な表情でこちらを見上げてくる少女が一人。
 昔は見下ろされる側だったが、数年前にその立場は入れ替わってしまった。
 悲しくもあり、嬉しくもある。
 もはや過去には戻れない。
 しかし、遠くを望むことが出来る。未来を望むことが。
 不意に、手に痛みが走る。
 繋いだ手に、少女が爪を立てたのだ。
 そこまでされて、ようやく気付いた。
「ああ。今の言葉は同行への返答要求と、交際要求の二重意か」
「だから野暮だって言ってるでしょーが!」
 繋いだ手から伝わる痛みが叫びと共に急増して意識が飛びかけるが、持ち堪える。
 息荒くこちらを睨んでいる少女を見て一言。
「有り難う。好きだ」
 少女は一瞬顔を逸らしそうになり、しかしこちらを見返した。
「え、えっと……」
 荒い息を整えようとして、口籠もる。
 結果、少女の眼鏡が自らの吐息によって白く曇る。
「奢りは『さんちか』のラーメンがいいな」
「くっ」
 焦った少女が眼鏡拭きを取り出すため、顔を逸らして胸ポケットに手を伸ばす。
 その際に生まれた隙を突き、少女を抱き寄せる。
 驚いた少女の顔がこちらを向いた。
 そこから先を描写するのはやめておこう。
 野暮だから。

――黙った空が皆を見守っている。